和光と時計塔の歴史

和光と時計塔の歴史

和光の歴史は、前身である服部時計店が創業した1881年に遡ります。そして銀座のシンボルとなった
初代時計塔が完成したのは1894年のこと。銀座で生まれ、育まれてきた“WAKO物語”の歴史を年表でひもときます。

和光と時計塔の歴史年表

1881年明治14年
服部時計店(現セイコーホールディングス株式会社)創業
1894年明治27年

初代時計塔

初代時計塔が完成したのは1894(明治27)年。
和光の前身である服部時計店の創業者・服部金太郎が、銀座4丁目交差点角地の朝野新聞社屋を買い取り、増改築の末に、1895(明治28)年1月、服部時計店はこの新店舗で営業を開始しました。
その後、大正の好況期に入り、建て替えが計画されたものの、 1923(大正12)年の関東大震災により建設を中断。また、営業中の仮店舗も焼失しました。工事が再開されたのは1929(昭和4)年末になってからのことでした。

初代時計塔
初代時計塔
1895年明治28年
銀座四丁目にて服部時計店営業開始
1923年大正12年
4月、新店舗建て替え工事中であったが、関東大震災により建設を中断
1929年昭和4年
建設工事再開
1932年昭和7年

二代目時計塔

現在の時計塔は建築家・渡辺仁氏の設計により、1932(昭和7)年6月に竣工した二代目です。ゆるい弧を描いた優雅な曲面で4丁目の交差点を見下ろすように立つこの建物の様式は、ネオ・ルネッサンス様式と呼ばれ、時計塔の四方にある文字盤はほぼ正確に東西南北を向いています。建物の外装材は、大震災直後ということもあり、火災や地震を考慮してすべて天然石が使われました。また、時計塔の文字盤の下や建物の窓部分には、ブロンズでアラベスク(唐草)の繊細な透かし模様の装飾などがあしらわれ、店内の壁面にはイタリアから輸入された大理石が使われました。

竣工当時の服部時計店
竣工当時の服部時計店
1945年昭和20年
建物がP.X.(Post Exchange)として接収される
1947年昭和22年

和光の設立

1947(昭和22)年4月に服部時計店の小売部門の業務を継承して株式会社 和光が設立され、銀座5丁目の仮店舗にて営業を始めました。そして、P.X.としての接収が解除された1952(昭和27)年12月8日、現在の和光本館での営業を開始しました。これを記念して、ショーウインドウのデザインを当時の気鋭のデザイナーが競作し、話題を呼びました。以後、和光のショーウインドウは、「銀座の顔」として世界的に有名になりました。

1階売場
1階売場
1954年昭和29年

時計塔のチャイム

1954(昭和29)年6月10日「時の記念日」からは、ウエストミンスター式チャイムの音が鳴り響くようになりました。現在、時計塔のチャイムは、正時になる45秒前からウエストミンスター式チャイムが鳴り、その余韻の後に響く第1打が正時をお知らせしています。

和光 時計塔の
鐘の音を聴く
1957年昭和32年
大阪・心斎橋にて和光 大阪店営業開始
1984年昭和59年
大人が楽しむスウィーツの店としてチョコレートショップが営業開始
2008年平成20年

現在の時計塔-次の世代へ継承していくために-

銀座の街を見守ってきた和光の時計塔は、銀座を象徴するこの建築遺産を次の世代へ継承していくために、2008(平成20)年、和光本館を約300日間閉館し、建物の補修、整備のほか、石造りの外壁を洗浄、修復し、また店内も一部バリアフリー化するなど、より多くのお客様に快適に過ごしていただけるよう改装しました。

2009年平成21年

経済産業省により「近代化産業遺産」に認定

2009(平成21)年には、経済産業省が日本の産業近代化に大きく貢献した建造物や機械などについて、その保存、活用を目的に認定する「近代化産業遺産」に認定されました。和光は、これからも銀座のシンボルとして、多くの方々から愛される「和光の時計塔」の維持に努めていきたいと考えております。

2020年令和2年

6月、銀座ガス灯通り沿いに和光ブライダルブティックギンザオープン

8月、和光本館リニューアルグランドオープン、1-2階に和光ウオッチ&ジュエリースクエアが誕生

時計塔の仕様

地上から時計塔まで高さ
39.39m(屋上までの高さ:30.30m、時計塔の高さ:9.09m)
時計塔の避雷針の高さ
8m
時計塔の文字盤の大きさ
直径2.4m
時計塔の時計の針の長さ
長針1.17m、短針0.75m
時計塔
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