和光ホールのご案内

渋沢栄一展
-渋沢栄一の遺したもの、その発展-

会期
2021年8月11日(水) ~ 2021年8月22日(日)

最終日は17:00まで

日本の近代経済社会の礎を築いた渋沢栄一。新一万円札の顔として、またテレビドラマにもなり、その偉大な功績が改めて注目されています。
渋沢栄一は、実業界のみならず、社会公共事業や民間外交の面でも指導者的な役割を果たし、証券、鉄道、銀行など約500の企業の創業・育成に携わりました。今回は和光でも人気の「トーキョーハット」をはじめ、日常生活に身近なお品を集め、その成し遂げた功績とともにご紹介いたします。
経済だけでなく、日本の近代文化にも多大な影響を与えた渋沢栄一。その想いに触れてみませんか。

◎渋沢栄一の人物像や功績について、関係するそれぞれの分野の専門家によるギャラリートーク(予約制)を開催いたします。
ご予約はこちらから。

渋沢栄一展 -渋沢栄一の遺したもの、その発展- ギャラリートークスケジュール(予約制)

開催日 午前11:00~ 午後14:00~
8月11日 『渋沢栄一と明治をともに歩んだ企業として』
若林康雄(オーロラ株式会社 代表取締役社長)
『トーキョーハットのこだわり / 帽子の被り方・取扱い方について』
山本勇樹(オーロラ株式会社 トーキョーハット 商品統括部ブランドマーケティング第一部 MD)
8月12日 『かみのいとOJO+(オージョ)の魅力について』
白石弘之(王子ファイバー株式会社 代表取締役社長)
『ルミエール オーロラ傘のこだわりについて』
中田義徳(オーロラ株式会社 ルミエール商品統括部ブランドマーケティング第二部 課長)
8月13日 『今考える、澁澤榮一翁の言葉』
佐々木勇
8月14日 『渋沢栄一と銀座 / 映像で見る渋沢栄一・飛鳥山邸-大正13年「詩聖タゴール氏招待会」より』
清水裕介(渋沢史料館 学芸員)
『渋沢栄一と銀座 / 映像で見る渋沢栄一・飛鳥山邸-大正13年「詩聖タゴール氏招待会」より』
清水裕介(渋沢史料館 学芸員)
8月15日 『かみのいとOJO+(オージョ)の魅力について』
白石弘之(王子ファイバー株式会社 代表取締役社長)
『トーキョーハットのこだわり / 帽子の被り方・取扱い方について』
山本勇樹(オーロラ株式会社 トーキョーハット 商品統括部ブランドマーケティング第一部 MD)
8月16日 『渋沢栄一と明治をともに歩んだ企業として』
若林康雄(オーロラ株式会社 代表取締役社長)
『藍染とカスリの着物から見る日本の服飾史』
大水綾子(株式会社アトリエハンドウィーブ 代表取締役社長)
8月17日 『かみのいとOJO+(オージョ)の魅力について』
白石弘之(王子ファイバー株式会社 代表取締役社長)
『ルミエール オーロラ傘のこだわりについて』
中田義徳(オーロラ株式会社 ルミエール商品統括部ブランドマーケティング第二部 課長)
8月18日 『渋沢栄一と帽子 / 渋沢栄一が願う社会』
講演者:永井美穂(渋沢史料館 学芸員)
『渋沢栄一と帽子 / 渋沢栄一が願う社会』
講演者:永井美穂(渋沢史料館 学芸員)
8月19日 『渋沢栄一が遺した製紙産業』
池田 和/鈴木機貴(王子ホールディングス株式会社 コーポレートガバナンス本部広報IR室 室長/グループマネージャー)
『渋沢栄一が遺した製紙産業』
池田 和/鈴木機貴(王子ホールディングス株式会社 コーポレートガバナンス本部広報IR室 室長/グループマネージャー)
8月20日 『かみのいとOJO+(オージョ)の魅力について』
白石弘之(王子ファイバー株式会社 代表取締役社長)
『渋沢栄一が遺した製紙産業』
池田 和/鈴木機貴(王子ホールディングス株式会社 コーポレートガバナンス本部広報IR室 室長/グループマネージャー)
8月21日 『目に見えない「和紙布」の働き』
糸井徹(株式会社ITOI生活文化研究所 代表取締役社長)
『目に見えない「和紙布」の働き』
糸井徹(株式会社ITOI生活文化研究所 代表取締役社長)
8月22日 『トーキョーハットのこだわり / 帽子の被り方・取扱い方について』
山本勇樹(オーロラ株式会社 トーキョーハット 商品統括部ブランドマーケティング第一部 MD)
『トーキョーハットのこだわり / 帽子の被り方・取扱い方について』
山本勇樹(オーロラ株式会社 トーキョーハット 商品統括部ブランドマーケティング第一部 MD)
渋沢栄一(しぶさわ・えいいち)

渋沢史料館所蔵

渋沢栄一(しぶさわ・えいいち)


1840年、現在の埼玉県深谷市血洗島の農家に生まれる。家業の畑作、藍玉の製造・販売、養蚕を手伝う一方、幼い頃から父に学問の手解きを受け、従兄弟の尾高惇忠から本格的に「論語」などを学ぶ。27歳で、15代将軍徳川慶喜の実弟で後の水戸藩主となる徳川昭武に随行し、パリの万国博覧会を見学。欧州諸国の社会の内情に広く通ずることとなる。明治維新後、「商法会所」を静岡に設立。その後明治政府に招かれ、民部省・大蔵省の一員として新しい国づくりに深く関わる。以後、約600の教育機関・社会公共事業の支援並びに民間外交に尽力し、1931年、91歳の生涯を閉じる

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